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国立劇場の令和8年10月歌舞伎公演として、10月1日~20日にかけて、新国立劇場で上演されている『本朝廿四孝 ー筍掘りー』。この演目は戦後5回ほどしか上演されていない演目らしく、前回の上演は1999年なので、実に27年ぶりとなります。今回は、機会があって、この演目を1等席から見ることができたので、そのレポートをお送りします。
本朝廿四孝 ー筍掘りーについて
あらすじ
武田信玄と長尾(上杉)謙信が対立する戦国の世。将軍暗殺の責任を負って窮地にある謙信の子・景勝は、諏訪明神で見かけた横蔵という男を自身の身替りにしようと考えます。一方、横蔵の弟・慈悲蔵は、桔梗ヶ原に我が子の峰松を捨てにやってきます。捨て子に付いた「山本勘助」という名札を見た武田方・長尾方両方の重臣の夫妻は、名軍師に所縁の子に違いないと奪い合います。
名高い軍師だった勘助はすでに亡く、妻の越路は孝行者の弟・慈悲蔵には冷たく、乱暴者の兄・横蔵ばかりを可愛がっています。我が子を手放した慈悲蔵とお種の夫婦は、横蔵の子・次郎吉の世話を押し付けられていました。そんな折に現れた長尾景勝は、横蔵の身替りを越路に承諾させます。一方、捨て子の峰松を手に入れた武田方の唐織は、それを盾に慈悲蔵を軍師として迎えようとします。ところが慈悲蔵はその誘いを拒むと、雪中の筍を掘れという母のために、竹藪へ向かうのでした。そこに横蔵が現れ、兄弟は激しく争い始めます。越路がそれを制すると一家の真実が次々と明らかに……。
「文化庁広報誌 ぶんかる」より引用
なお、国立劇場公式YouTubeチャンネルに、あらすじや観劇のポイントをまとめた解説動画が公開されています(7分20秒以降は物語の核心に触れる内容なので視聴の際は注意です)。
『本朝廿四孝』は、元々は近松半二らの合作による全5段の人形浄瑠璃として、1766年に初演された作品です。同年には歌舞伎でも上演が行われました。
今回上演されるのは、原作の三段目を中心とした、通称「筍掘り」と呼ばれる場面で、『甲陽軍艦』に登場する名軍師・山本勘助の伝説に、古代中国の親孝行者24人の話「二十四孝」を絡めて描いた物語です。実は「筍掘り」の上演は稀で、江戸時代の頃は大いに人気があったのですが、明治以降は、歌舞伎の代表的なお姫様役、三姫の一人である八重垣姫と、武田勝頼の恋を描いた四段目「十種香」と人気が逆転、戦後はわずか5回ほどしか上演されておらず、前回の上演は平成11(1999)年11月と、実に27年ぶりの上演となります。
なお、歌舞伎では三姫の他に、演じどころが多くて難役とされる老女役「三婆(さんはばあ)」というものがあるのですが、この「筍掘り」に出てくる、横蔵と慈悲蔵の母、越路は、その三婆の一人だったりします。
新国立劇場の様子
ここからは、実際に観劇したレポートをお送りします。
こちらが、今回上演が行われる新国立劇場です。京王新線の初台駅と直結しています。

エントランスはこんな感じ。普段はオペラや演劇などに用いられる劇場なので、とても華やかな印象です。

舞台はこんな感じ。一緒に見に行った歌舞伎好きの父いわく、「国立劇場よりも客席と舞台の距離が近い」とのことです。なお、写真は1階客席からのものですが、2階客席もあります。

イヤホンガイドのすすめ
そうそう、受付の近くではイヤホンガイドの貸し出しが行われています。このイヤホンガイドでは、今どのような場面なのかや、この仕草は何を指すものなのかなど、演目をより楽しめる情報を親切丁寧に教えてくれます。特に、これまであまり歌舞伎を観たことのない人には、このイヤホンガイドを借りることをおすすめします。

演目の感想
さて、演目を見た感想ですが、とても良かったです。
特に良かったのは、舞台の演出。この演目では、二幕目と大詰の間に休憩が入るのですが、休憩を開けると、舞台の足元が一面真っ白になっており、また、紙吹雪が舞い散るなど、まるで本当の雪景色みたいでした。さらに、終盤にて場面が竹藪から家屋に移る時、家が舞台奥から手前に迫ってきていて臨場感がありました。
横蔵と慈悲蔵の争いの場面では、ところどころ見栄を切る(ポーズを決める)のが、歌舞伎らしくて良いなと思いました。横蔵と慈悲蔵の母である越路の役作りも見どころでした。あの複雑な役回りは、確かに三婆の一人として名前が挙がるなと思いました。一見の価値ありです。
最後に、こちらの公演が行われるのは10月20日(火)までとのこと。せっかくの27年ぶりの公演、これを読まれている読者の皆様も、よかったら見に行かれてはいかがでしょうか。
そのミュージカルも名古屋地区では箱がどんどん減っていて上演自体も減ってしまい最近あまり行けてないです。